東京宝塚劇場 花組公演「復活」と「カノン」が3月18日無事千秋楽を迎えた。
「復活」はもちろんロシアの文豪トルストイの名作である。
そして、この公演中、私にとっても忘れられない出来事があった。
大手デベロッパーの部長をされている藤沼拓人さんのご尊父が1月9日に亡くなられた。
拓人さんとは仕事上のお付き合いであるが、実は拓人さんは、山崎潮さんという方の義理の甥である。
山崎潮さんは、私が日弁連事務次長をしていた当時、政府の司法制度改革推進本部の事務局長をされており、その後千葉地裁の所長に転出し将来を嘱望されながら若くして亡くなられた方である。その関係は、私が山崎潮さんのご葬儀に出席した際に、ご親族として拓人さんが臨席しておられて初めて知ったことであり、当時、不思議なご縁を感じたものである。
そして今年、その拓人さんのご尊父がなくなられ、その遺品の中に宝塚大劇場のチケットがあった。拓人さんはその父の残したチケットを持って、東京宝塚劇場に出かけた。
劇場で「お客様、これは本日の兵庫県宝塚市にある劇場のチケットです。」と断られた。東京宝塚劇場で上演中の演目もチケットに記載されている花組の「復活」ではなく、星組「オーシャンズ11」であったはずだ。当日それから宝塚まで足を運んで見に行くことは不可能だ。
宝塚ファンなら「宝塚大劇場」は兵庫県宝塚市にある劇場で、「東京宝塚劇場」ではないことは自明のことだが、一般的にはなかなかわからなくても当然だろう。
さて私は、拓人さんのご尊父の逝去をお知らせいただいた翌日の新聞各紙に藤沼貴さんというロシア文学者の死亡記事が掲載されたのでそこから、「お父様は高名なロシア文学者だったのですね。」とお話をしてはいたのだが、遺品の中のチケットの話は、ある日たまたま別の用件でお会いしてからの帰りがけに、私が宝塚に深く関係していることを拓人さんが知っての雑談の折に出た話である。
その話をお聞きし、私は、2月20日から始まった「復活」は、一度ならずとも観る予定でいたので、ぜひロシア文学者故藤沼貴さんのご遺族である拓人さんと故人の奥様にも観ていただきたいと思い、専科の生徒さんにお願いして提供していただいた最前列の三席にて3人で観劇することにさせていただいた。
藤沼貴さんは、ロシア文学の中でも特にトルストイの研究家で、「復活」はもちろんのこと、「戦争と平和」や、「アンナ・カレーニナ」の翻訳を手がけられている。また有数の和露辞典の編纂も行っている方である。
ご自身が翻訳されたことのある作品の舞台化とあって、80歳の高齢ながら宝塚まで観劇に行く予定であったのであろう。
さて、蘭寿とむ、蘭乃はなの花組コンビの「復活」はもちろん私は前から楽しみにしていた作品である。私は初日の幕開き後すぐに家内と一緒に観劇し、私自身の好みの舞台であり大いに堪能させていただいた。舞台で歌われた、「カチューシャ」や「カリンカ」などのロシア民謡は我々の世代にとってはみんな懐かしい曲である。特に主人公のネフリュードフがカチューシャとの結婚の夢に破れて銀橋を歩く場面の「ともしび」のコーラスの歌声は心にしみわたり震えるような気持ちを味わった。
奥深い文学作品をわかりやすく舞台に乗せており、ぜひ老ロシア文学者に見ていただき、その感想もお聞きしたかったというのが、私の偽らぬ心境であるが、せめてご遺族に観ていただくことができたのも、ちょっとした話のきっかけからである。
終演後、宝塚のOGさんが切り盛りする銀座のお店にご案内し食事を共にさせていただきながら、宝塚の話に花が咲いた。お二人がずいぶんと喜んでくれ、私なりの故人への供養となったのではないかと喜んでいる。