原作にはない父子の愛情をテーマに加え、
極めて人間的なエリックを創出。
「愛」と「夢」の宝塚でこその成功
2006年8月25日から、東京宝塚劇場では、花組の「ファントム」が上演された。
私は7月、大阪に行く用があったので、宝塚大劇場でも一度、観劇をしているのであるが、再び、幕の開いた東京の初日を観て、ただただ、感動! 感動! であった。最近、涙もろくなったせいか、父と子の銀橋の場面では、涙だけでなく、はしなくもはなみずまでが止まらない状態であった。
最近、これを機に、ガストン・ルルーの「オペラ座の怪人」、スーザン・ケイの「ファントム」を文庫本で読んだ。ルルーの作品は、どちらかと言うとミステリーであり、友情や愛情、精神の深みを掘り下げてはいない。スーザン・ケイは、「オペラ座の怪人」には出てこないファントムことエリックの前史を含む一生を描いている。そこには、醜さ故に母からも嫌われたエリックがおり、ジプシーにとらえられ見せ物として動物以下の扱いを受けつつ、そこから天才的な奇術師として自らの地位を勝ち取り、その奇術や幼い頃から身につけた建築の才によりペルシャのシャーに仕え、パリのオペラ座に至る。その過程に、建築・音楽・奇術について天才的な知識と能力を有しながら、悲壮で極限的な精神状況におかれた、いつ破滅するかも知れぬエリックがいる。
これに対し宝塚の作品では、すべてを超越した母の子に対する絶対愛の記憶がエリックの半生に生きる力を与えた源泉として描かれており、それを投影しつつ自らが生きる目的をクリスティーヌに求める。その現実の葛藤の中で、原作にはない父と子の愛を登場させ、極めて人間的なエリックを作り出している。極めて特殊
な「ファントム」ではあるが、「愛」と「夢」の宝塚でこその成功であり、私たちが宝塚に求めているものもこんな「愛」に触れる感動である。
それにしても、春野寿美礼の歌唱力と演技力は素晴らしい。宝塚の代表作として新しい春野寿美礼のエリックを創出したと言ってよいだろう。そして、今公演より春野寿美礼の相手娘役に抜擢された桜乃彩音。クリスティーヌは難しい歌姫の役、抜擢時、ちょっと感じさせたファンの不安を見事に裏切り、伸びやかで素直な
歌声で、ステージの上のクリスティーヌそのままに春野寿美礼に包まれて成長著しい。清楚で、華のある本当に宝塚らしい「娘役」の今後に期待したい。
あわせて今回の特筆は、父親キャリエール役の彩吹真央。おさえた中に、異常な環境の中で錯綜する父親の包容力と心情を見事に演じきり、「父子の愛情」をこの作品のテーマに付け加えてしまった。その彩吹が組替えで雪組へ行く。あの観客を泣かせた銀橋の二人が同じ組で観れなくなると思うと、寂しいと感ずる
のは私だけではないと思う。
さて9月16日、今公演に出演している花組の生徒さんをお招きし、すみれを後援するひまわりの会(略称「すみれ・ひまわり」)を開催させていただいた。「すみれ・ひまわり」は、宝塚の生徒さん(すみれ)を後援する弁護士(ひまわり)とその家族など関係者の団体である。年数回、観劇と食事会を開催して、宝塚の皆さんを励ますとともに元気と英気をもらって翌日からの仕事の励みにしている