事務所の新人弁護士については、
1月の仕事始めが終わると2月中旬まで
事務所のパートナー弁護士を講師とするオリエンテーションを受講する。
大体、午前2時間、午後2時間×2の計6時間の講義が続く。
パートナーは全員、得意分野の領域の講義を担当する。
例えば知財であったりM&Aであったり、民事再生である。
私は、具体的な法分野ではなく、毎年4時間かけて、
これから弁護士として仕事をして行くにあたっての
心構えのようなものを講義の内容としている。
今年は自身の選挙運動の期間と重なることもあって、
開始早々の1月8日の2時間だけの一コマとなった。
今年の講義のタイトルは、「これからのローファームとこれからの弁護士」である。
概略4部に分かれ、第一部は「弁護士とは何か」。
「士」は武士道に通じ、ヨーロッパではローマ時代からの歴史がある。
ローマの貴族が無償で保護の対象とした
一族郎党のラテン語の「クリエンテ」は、クライアントの語源でもある。
ローマ人の物語などには、キケロの弁論などに弁護士の起源を彷彿とさせる記述がある。
弁護士法1条の「社会正義の実現」「基本的人権の擁護」は
弁護士の使命であることを確認する。
弁護士像としての「プロフェッション」モデルと「ビジネス」モデルの超克については、
プロフェッションとしての職業的自覚、弁護士倫理、厳しい自己管理、自制を説くと共に、
ビジネス・サービス業としての上質の法的サービスの提供の心がけと
適正な報酬の重要性を説く。
最後に私の好きな言葉「義」と「愛」についても語る。
第二部は、「弁護士と弁護士業務を取り巻く環境の変化」である。
今次の司法制度改革と弁護士人口増と、
弁護士事務所の大規模化や弁護士業務の国際化や多様化について触れる。
内容は一般的なことなので今年はかなり割愛した。
第三部は、「シティユーワ法律事務所の歴史と将来」。
私は1983年に弁護士1名で「伊藤茂昭法律事務所」を開設した。
1987年「伊藤・松田法律事務所&山端康幸税理士事務所」(弁護士4名税理士2名)となり、
1993年「東京シティ法律税務事務所」(弁護士8名、税理士5名、司法書士1名)と改称、
国際部門を設置する。
1996年伊藤・松田から10周年を機に、新宿三井ビルに移転(弁護士12名、税理士4名)。
さらに、2003年弁護士30名となった段階で、ユーワパートナーズと合併、
弁護士48名のシティユーワ法律事務所が誕生し、丸の内の現ビルに移転する。
この経過を話すのは、
事務所がクライアントをどのように獲得してきたのかの創立者としての苦労を
若い弁護士に理解してもらうことが目的だ。
就職活動をして入ってくる弁護士は既にできあがった事務所しかみていない。
その歴史を少しでも知ってもらい、伝統を受け継いでいってほしい。
そのためには、今、新人の弁護士に
30年前に私が一人で事務所を開設したときの気持ちなどを語ることが大切と思う。
そして、その先に、これからの事務所の将来の課題を共に考える。
事務所の総合力として、顧客獲得力の強化、国際部門の強化、専門性の強化、
人材育成体制の整備などなど、である。
新人弁護士になりたてのころは
パートナーの指示で担当するリサーチや書面の作成に追われる。
そのような若手に少しでも広い視野から自身と事務所の将来を考えてもらいたい。
それが私の願いであり、ついつい熱がこもる。
そして、第四部「若手弁護士のこれから」に繋ぐ。
弁護士のライフサイクルの変化、多様化がある。
弁護士個人の側から観たローファームの役割がある。
事務所を基点として、個々の弁護士がステップアップしていける
ステーションとしての役割をになえる法律事務所でありたい。
企業内弁護士、留学、出向、任官など多様な人材が育てば、
それはまた事務所が人材育成という社会的機能を担うことになる。
そして事務所のパートナーへの道への条件の提示。
最後に期待される弁護士像として、自身がどのような弁護士を目指すのか、
自身の目指すべき法曹像を持つこと、弁護士として基本的素養を高めること、
人間としての不断の成長を心がけ、幅広い見識、良好な対人間関係を築けること。
業務としては専門分野を持つこと。などを語って2時間の講義が終わる。
今年は4時間が2時間に圧縮された駆け足講義であったが、
終了後、毎年恒例の六本木ヒルズでのステーキ鉄板焼きを全員で食べに出かけ、
私も二次会までお付き合いし、
若者と一緒に久しぶりにカラオケに興じながら深夜まで過ごした。
さて、来年は、東弁会長職に就くが、
事務所でのこの行事だけは時間を見つけて維持したいところである。