2007年09月01日

転ばぬ先の杖―― 遺言のすすめ

1 相続争いは増加する
 皆さんは今、日本でどの程度相続問題が発生しているかご存知でしょうか。
現在1年間に亡くなる人は、昨年で約107万人です。生まれる人も同じくらいですが、昨年は生まれる人のほうが少なくなり、ついに日本も人口減少国になりました。107万人死亡したのですから、同じ数の相続が発生しています。そのうち財産や負債がなければことさら相続の手続きは問題にはなりません。一方、不動産や預金のある人は名義の書き換えが必要ですが、その場合相続人全員の一致した合意を示す書面を作成する必要があります。したがって、相続人の1人が他の全員と意見が違ったりすると、名義の書き換えの手続きがスムーズには進まなくなってしまいます。

 昨年、家庭裁判所の相続の問題での相談件数は約10万件です。さらに、家庭裁判所への遺産分割調停の申立は全国で約1万2000件です。相続発生100件について1件強が、調停事件となっています。このほかに弁護士同士の交渉になっているケースや、調停まで行かないとしても、なかなか解決するのに時間がかかっているケースは多数あると考えられます。
 100件に1件というのを多いと思うか少ないと思うかは、個人差があるでしょう。ところで、もともと新憲法のもとで昭和22年に新しい民法が施行され、子は長幼
男女にかかわりなく平等に相続権があることになりました。しかし法律が変わっても人間の意識はそう簡単には変わるものではありません。長男相続の慣習は、地
方の農村はもちろん都市部の商家などでも根強く残っていたと思います。それで争いも少なく昭和20年代は新制度になっても遺産分割調停は年間数百件という時代が続きました。しかし、不動産が高騰した平成初期から急激に増加し始めます。それは特に都市部の土地保有層で遺産が高額化し、一生働いて得る生涯賃金と遺産額との乖離が進み、長男以外が、慣習的に放棄することをよしとせず、法律に従って法定相続分を求めるというケースが増えたと考えられます。言い換えれば、戦後の
民主教育を受けた人たちが、相続人となり、法の予定する平等相続が進んだともいえます。さらに、相続人の中心である40代~50代は兄弟姉妹がまだ多く、数が多ければ一般には分割も困難であるという面もあると思います。今後、老齢化が進みますし、年間に死亡する人数も増加しますので、相続事件は間違いなく増加することになるでしょう。

2 どんな場合が争いになりやすいか
 たとえば平等相続の原則からしますと、主要な相続財産である不動産が1つ、ほかに金融資産はあまりない、子が何人かいて、その家に亡くなった親と1人の子が
家族と一緒に住んでいた、というようなケースで、仮に不動産が1億円としますと、4人兄弟であれば、他の3人の不動産を相続しない兄弟姉妹に2500万円ずつ計7500万円支払いなさいということになります。この金額を支払えない場合、他の相続人は売却して2500万円ずつ分けましょうということになりますが、両親を見てきたという同居していた子はなかなか納得できない。相続財産に居住している子と、そうでない子では、分割時に売却するか否か、調整が難しい。また、小売業とか医院とか、いろいろな家業がありますが、その主要な財産を子の1人が承継できるかどうかも平等相続からは困難な場合が多いと思います。
 さらに、実子と養子、嫡出子と非嫡出子、離婚した前妻の子と現在の配偶者との子など、立場の異なる兄弟姉妹は、もともと利害対立を内包している場合が比較
的多いといえます。
 また、子が1人なら一般には紛争になりようがありませんが、逆に子が1人もいないと、紛争になりやすいといえます。子がいないと、配偶者以外に①直系尊属、②
兄弟姉妹が相続人となりますが、配偶者と兄弟姉妹が相続人の場合、紛争になるケースがあります。
 兄弟姉妹にとっては、もともとその遺産が自分たちの親から相続したものであった場合は、配偶者に行くのは抵抗があるかもしれません。特に夫婦仲が悪かった
場合などはいっそうそうでしょう。今お話ししたようなケースでは、皆さん、事前に遺言をしておくことが重要と思います。それが相続開始後の紛争を防ぐことにつ
ながります。

3  遺言はどんな方法で
 遺言には、大きくは公正証書遺言、秘密証書遺言、自筆証書遺言とありますが、私は基本的に公正証書にすることを勧めます。実は、遺言は要式行為といって、
正式な遺言と認められるためには非常に厳格な要件が定められています。そこで、死亡後、遺言が出てきて家庭裁判所で検認の手続きを経ても、自筆証書の場
合は、遺言で不利益を受ける相続人から「遺言無効の訴え」など、訴訟が起こされる場合があります。公正証書であれば、公証役場で公証人が2人の証人の立会
いの下、遺言者の意思能力を確認して作成しますから、まず、無効で争われることはよほどのことがない限りありません。
公証役場まで出向くことができない人には、公証人が出張して作成してくれます。

4  遺留分を忘れずに
 遺言では、相続人の誰にどの遺産を渡すか、具体的に指示する遺言とすることを勧めます。さらに、子が相続人である場合、すべての子に何らかの財産を相
続させることを心がけるべきです。子や配偶者には遺留分という制度があって、法定相続分の2分の1は遺言で指定されてなくても、最低限相続できる権利が
あります。したがって、子が2人の場合1人の子にすべてを相続させるという遺言を書いてもそのまま実現されるとは限りません。4分の1は遺留分ですから、何も
もらえない相続人は遺留分減殺請求という手続きをとることになります。紛争予防のつもりが、新たな紛争要因になってはあまり有益とはいえません。紛争予防
という観点からは、遺留分を保証した遺言を作成すべきであるというのが私の基本的な考えです。相続人が兄弟姉妹の場合は、遺留分がないので、考慮する必
要はありません。

5  気軽にご相談を
 さて、どのような遺言を作るかということは、相談していただければ、いつでも相談に応じます。そのためにはまず、相続財産の一覧表を作成すること、相続人
の一覧表を作成することから始めます。
その上でそれぞれの相続人に何を相続させるか、すべての事情を考慮して決めていきます。
 うちの事務所は、大規模化してよく個人の相続はやってくれますかなどと電話で質問されることがあります。金融、渉外、M&Aなど、最先端の経済事案を扱う一
方、私自身の担当としては、3つの柱がありまして、多くの同僚とともに会社法一般を取り扱うのはもちろんですが、個人的には不動産取引・建築関係と相続・遺言を
取り扱っています。相続・遺言の分野では、毎月、約10名の弁護士で研究会を組織し、できるだけ幅広い相続問題に対応できるよう体制を準備しています。相続人不
存在の場合の特別縁故者の問題や、任意後見制度の利用、事業承継の検討なども進めています。気軽にご相談いただければと思います。

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